On the Road

スピリチュアル妄想録
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金融vs.国家 (ちくま新書 724)金融vs.国家 (ちくま新書 724)
(2008/06)
倉都 康行

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この人の本はこれで2,3冊目。
以下ポイント。

・北朝鮮のBDA問題。2500万ドルはビビたる数字であるが、核兵器問題という高度な外交問題に影響を及ぼした。北朝鮮にとっては、2500万ドルよりも将来的なドルの受け渡しルートの確保が重要であった。

・国際金融市場は大西洋を中心としたマーケットであり、アジアの市場は補完的な存在に過ぎない。

・昔は自国通貨という観念は一般的ではなかった。円を用いるようになったのは1871年からで、それまではメキシコ銀貨が海外との交易では使われていた。アメリカも、ドルが法定通貨となったのは1861年からでそれまでは英国、メキシコ、ブラジルなど様々な国の通貨が流通する社会であった。

・現代の国際金融は米英が暗黙の合意の下で棲み分けている。19世紀以降、英国市場を資金調達、米国市場を運用に使うというのが日本等新興勢力のやりかた。

・アジアには資本を集積して増殖させる市場がないと度々指摘されてきた。実際、大西洋市場で間に合ったため大した必要がなかった。しかし97年の金融危機後、大西洋市場にゆだねることの危険性が高まり、また、アジアに資金が流入するようになり、独立した市場が必要とされ始めている。

・日中の外貨準備の増大をもたらしたドル買いには反対の自国通貨売りが必要。外貨準備が増えることで自国の借金も増えている。介入の際に売るべき円を調達するために発行される債券が「政府短期証券(FB)」。外貨準備はこうした対内債務の増加と引き換えに対外債権を増やしているに過ぎない。

・外貨準備の増大の裏にはこのような懸念材料があり、これを積極的に運用すべきというのはやや表層的。むしろ、適正水準を越えた外貨準備は減らすように努力すべき。またそのドルを証券ではなく実物資産で持つという発想の転換も必要。
→槍玉にあがっている積極運用というのは、おそらく日本版SWF構想のことか。

・中国や日本で商業を通じた貨幣経済が発達したにもかかわらず、金融市場や資本市場の発達をもたらさん買ったのは、資金を資本化する必然性が乏しかったから。アジアには西洋型の民間主導の大航海や鉄道建設などの大量の資本を必要とする大型プロジェクトが生まれなかった。

・配当に関する二重課税の問題。企業は税引き後の利益から株主に配当を払う。株主はその配当にも課税される。

・基軸通貨というのは経済的な利便性の問題であった。決済・送金制度や会計制度が充実しつつある中、将来どの通貨で決済しようがそれほど問題ではなくなる。いつまでも基軸通貨が存在しないといけないという理由はない。
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