On the Road

スピリチュアル妄想録
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◇「世界を変えた金融危機」 竹森俊平
1997年――世界を変えた金融危機 (朝日新書 74) (朝日新書 74)1997年――世界を変えた金融危機 (朝日新書 74) (朝日新書 74)
(2007/10/12)
竹森 俊平

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何ヶ月か前の論座か中央公論か何かで、07年の新書ベスト3に入っていた本。
読んでみたが、非常にためになった。かなりよい本だと思う。アマゾンでも好意的に評価されている。

97年の金融危機以後の国際経済はフランク・ナイトのいう不確実性が蔓延している世界であり、その中で、各国は同じような危機を避けるために貯蓄を増やし、資産をよりよい質のものに乗り換えている。そのような国際経済の変化を理解せよ、という本。

以下メモと感想。

<ナイトの不確実性>
・「リスク」と「不確実性」は異なる。前者は、確率分布を推測できる不確実性。例えば、サイコロの目、自動車事故の起きる確率等。後者は推測できない不確実性。

・通常の市場では利潤がある限り企業化が参加するため、いずれは利潤がゼロになる価格に落ち着く。だから長期的な利潤を得るのは、競争相手が少ない不確実な事業に飛び込む企業家でしかない、というのがナイトの論。

・フリードマンは、ナイトのいう「不確実性」の中においても、人々は実際に「主観的確率分布」に基づき選択を行う。よって、「リスク」と「不確実性」を区別する必要はないと考えた。

・その考えに対し、「主観的確率分布」を推測するのが不可能であることを証明したのがエルスバーク。エルスパーグの実験は以下の通り。箱1には赤と黒の玉が50個ずつ。箱2には赤・黒のそれぞれの個数は不明だが計100個入っている。(前者はナイトのいう「リスク」状況、後者は「不確実性」状況を体現。)多くの人々は、それぞれの箱から一つを取り出す場合、それが箱1で赤(もしくは黒)、箱2で黒(もしくは赤)である方どちらかに賭けよといわれれば、前者を選ぶ。(リスク>不確実性の選好。)よって、リスクと不確実性を区別する意味があることを証明。

・さらにエルスバーグは箱1の黒の数を50-Xとしたとき、Xの値をどこまで増加させれば、箱2と無差別の選好を取るか考えた。その場合のXが「不確実性プレミアム」である。これにより、不確実性も「リスク・プレミアム」という経済学の基本的な分析手法によって分析できる対象とした。

→非常に興味深い実験。おもしろい。


<中央銀行の役割>
・金融危機には2通りある。「返済能力の問題」と「流動性の問題」。前者は無駄な支出があるために借金が返せなくなっている状態。それへの処方箋は、支出を緊縮させること。後者は、うまくいっているのに、流動性が手元になく債権者への支払いが滞る状態。通常銀行は短期で金を集め、長期の事業に投資するため、期間構造の違いによる流動性の問題は常に存在する。その問題を防ぐのが「最後の貸し手」である中央銀行の存在。

・ただし、国内金融機関の債務が外国通貨建ての場合、中央銀行の「最後の貸し手」としての能力は外貨準備によって制限される。(国内通貨建て債務であれば当然それは無い。)であるか、IMFの役割は、そのような状況に陥った国に対しドルの流動性を担保すること。

・流動性の危機に対しての中央銀行のあり方は、「バジョット・ルール」が知られる。「十分な担保さえあれば、通常より大幅に高めの貸出金利をつけて、相手が望むだけ思い切って貸し出す。」それによって、金融機関の信用は担保される。


<97年の東アジア通貨危機>
・IMFはアジア金融危機において、問題が「流動性の危機」であるのに「返済能力の危機」として扱い高金利政策と緊縮財政を要求。前者はバジョットルールに鑑みても資本逃避を防ぐために意義あり。ただし、後者は、不況を深刻化するだけ。

・さらには、IMFはアジア諸国の「構造・制度改革」をコンディショナリティとして課した。これは、構造改革に踏み込まない限り、マーケットの信任は戻らないという判断からのものだが(ルービンの言「海外の投資家や債権者は、特定の産業における独占を終わらせることや、特定の特定の風配した官僚を首にすることといった『象徴』を重く見る傾向があり、(中略)(それらは)どこかで根本的な問題とつながっている。」)IMFに期待されるマンデート(為替レート、国際収支の調整)を逸脱したもの。

→これらはスティグリッツも批判する点。

・しかし、IMFがあまりに構造・制度改革を強調するため、マーケットは「構造改革」が実行されない限りIMFからの救援資金もこないと信じ込み、危機は深刻化した。(フェルドスタインの分析)


<バブル>
・グリーンスパン曰く、バブルとは「あとになって資産価格が40%も急落するような資産価格の急上昇」。つまり、バブルは資産価格の実勢価格が分からない状況で起こり、事後にしか起こったことが分からないもの。

・また、曰く「バブルの崩壊は必ずしも経済にとって破壊的ではない。発生した、金融システムの損傷に対して時宜を得た手当てがなされなかったことが、日本が抱える経済問題の原因となっている。バブルが崩壊したときは、その影響を打ち消し、望むらくは次の景気拡大期までの円滑な推移を図る。」

→「波乱の時代」でも同じようなことを言っていた。。中央銀行の仕事はバブルの退治ではなく、バブル崩壊後の円滑な処理。日銀はバブルを金融引き締めによって崩壊させ、その後も金融緩和を遅らせた点で、正反対の事を行った。

・グリーンスパンは資産価格を含めない物価の安定を重視。物価が安定している限り、バブル崩壊後の景気の急低下に歯止めをかけられる。対してBISのエコノミストは資産価格の安定を政策目標とすることを提言。


<その他>
・フリードマンは中央銀行は「インフレ率」ではなく「マネーサプライ」の成長率を目標にすべきと考えた(マネタリストの考え)
・ジョン・テーラーの回顧録にあるIMF改革にも触れている。「ベイルアウト」から集団交渉条項による「ベイルイン」へ。前者の典型が住専処理。後者はLTCM救済。
・住専処理は、農協系金融機関を救済するためのものだった。
・サブプライム問題も「不確実性」が招いたもの。すなわち、サブプライムローンの債権の分散は底値を分からなくさせた。


<補記>
→この本は、十分にその点につき議論をしていないが、経済学による不確実性という重要な点を提起している。たとえば、グリーンスパンの「波乱の時代」では、、過去に経験していない状況(=不確実性の状況)での暗闇を進むような難しい判断について述べられているが、それは経済学による知見の外にあって経済学では上手く説明できない状態である。経済学が未完成の学問であり、いまも漸進しているが、まだまだ現実を説明し切れていないことがよく分かる。

本書でも、例えば、日本の国債発行額の大きさ、米国の経常赤字の大きさはすでに「不確実性」の状況にあるとしているが、それはとりもなおさず、既存の経済学ではそれがやばいのか、大丈夫なのか前例の無い状況だからよく分からん、確実にいえるのは「不確実な状況」にあって、その場合、人々はそれを忌避し、プレミアムが乗ってしまうということである。
ただし、筆者は次のような見解を述べている。「人間は問題が起こるまでは、危険を無視し現状に安住する。ショックが発生したとき、一気に悲観的な心理に移行する」(p.163)

→また、経済学とのからみでは、本書p.42の指摘も面白い。経済学が予測を第一の目的とするあまり、複数均衡を忘れて、問題を単純化し「よい均衡」だけが存在するという前提で研究を進める。ただし、「経済を理解するために、無視できない「複数均衡」は厳然として存在する。」
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