On the Road

スピリチュアル妄想録
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◇「外交」 細谷雄一

外交 (有斐閣Insight) (有斐閣Insight)外交 (有斐閣Insight) (有斐閣Insight)
(2007/12/27)
細谷 雄一

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これは非常によい本。知っている限りでも、五百旗頭真氏による毎日での書評、奈良岡聰智氏による朝日の書評で好意的に評されていた。
外交の歴史について「旧外交」と「新外交」の対立を軸に簡潔に記述されている。
アーネスト・サトウについていろいろ知りたくなった。
とりあえず、最近朝日文庫で復刊された萩原 延壽の大作「遠い崖」を読みたい。
気になった点をメモ。

・日本では外交研究が対外的に発展しなかった。外交には立法的側面の対外政策と執行的側面の交渉があるが、前者を重視する米国流の国際政治学が大量に輸入されたため。そのため、より包括的な「外交」研究は米国流国際政治学の周辺に追いやられた。一方でイギリスでは、ヘドリー・ブルが「国際社会論」において外交を国際秩序の中での重要な機能として位置づけるなど、「英国学派」が対抗を体系的な研究対象とし、80~90年代に「外交学」が飛躍的に発展。(Pp.8~10)

・「外交」という言葉は、エドマンド・バークが初めて使用し、1814-15年のウィーン会議で広く使用されるようになるまで一般的には使用されなかった。(P.19)

・カリエールもキッシンジャーも、ルイ13世の時代のリシュリュー枢機卿の外交を賞賛。カリエールの言葉「相互的な利益に基礎をおいていない関係や条約は存在しない。各主権者が相互に利益を見いださない場合には、条約は効力をほとんど持ち続けないで自壊する。」(P.21)

・アーネスト・サトウは世界的に有名な外交理論家(P.23)異なる文明に対しては力を用いることも是認。平時における国際法、戦争の際の軍事力の威力を認めていた。

・地域秩序を考える際の2つのカテゴリー:帝国的な秩序と比較的同等の規模の国家間の勢力均衡。前者の下では外交は大きな地位を占めず、圧倒的な力を持つ帝国の軍事力、道徳体系、法体系、宗教体系が地域秩序の安定を担保。(pp31~32)

・古代ギリシアの外交は、都市国家の多くが民主制のため、公開的で公衆的。そのため、政策決定に時間がかかりすぎるなど「新外交」の多くの欠点を有した点から、「旧外交」の擁護者のニコルソンは「ギリシア人は性格的に悪い外交家である」と結論づけた。 (p.34).

・17世紀初頭から18世紀末にかけて、フランスの外交方式はヨーロッパ中に広がり、イギリスとフランスに於いて、外務省としての外交機関が発展していった。(p.65)

・ヨーロッパの「旧外交」が異なる文明圏に拡大する過程は円滑なものではなく、衝突が見られた。東アジアにおいては中国を中心とする華夷的な世界が存在していたため、主権国家間の対等な外交関係が浸透するのは困難を極め、軍事力の行使により、強圧的に貿易関連での優待を欧州は要求した。欧州との接触が増えた結果、1861年に中国で総理各国事務が門という対外関係処理の役所が設立され、近代国家としての外交体制を備えるようになった。(p.77)。

サトウやキンバリー英外相は近代日本に信頼を寄せ、日英同盟が締結される前から、ロシアに対抗するために日本は「当然の同盟国」とみなしていた。他方で、中国公使となったサトウは、義和団事件等を経て中国の外交能力に疑問を抱くようになる。脆弱な外交権を持つのみに中央政府と外交規範を遵守する能力について懐疑的にならざるをえなかった。(P.80)
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