On the Road

スピリチュアル妄想録
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「昭和」を点検する (講談社現代新書)「昭和」を点検する (講談社現代新書)
(2008/07/18)
半藤 一利保阪 正康

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おなじみの二人になってしまったが、本人達も気にするように「出涸らし」的でほとんど読みなれた内容だが以下メモ。

・太平洋戦争緒戦での勝利の後、占領地の島々をいずれは日本領とすると決定。

・統制派の永田と皇道派の小畑はともに対ソということで一致するが、永田がまず高度国防国家を建設することが先だと考えたのに対し、小畑はそれを赤化と考えた。その後、小畑が予防戦争論、永田が対支一激論の激突@昭和8年6月の秘密会議。

・小畑ら皇道派からすればソ連一国でも大変なのに中国を敵に回すなんて冗談じゃない問い言うもの

・蒋介石を相手にせず声明の大意。シナ政府に反省の最後の機会を与えるために今日に至ったが、国民政府は帝国の真意を介さず抗戦を策し人民に塗炭の苦しみをあたえ、東亜全局の和平を考えていない。

・南部仏印進駐までなら米国は怒らないとの楽観的観測。

・西南戦争のときに兵を動かすときにいちいち政府に伺いを立て色々と齟齬。その結果統帥権を独立。

・国際連盟はリットン調査団で日本に譲歩した報告書をだし、政府内でもそれを受け入れる動きもあったが、新聞が急先鋒でけしからんとやった。132の言論機関が受諾するなと連盟で声明。

・1933年のタンクー停戦協定で満州事変は一応ストップ。外務省の天羽情報局長が協和声明。日本のアジアモンロー主義と批判。

・日本の軍人は戦争に勝って賠償金を取ることが最大の任務と考えていた節がある。

・太平洋戦争で負ける頃は、参謀総長の梅津は東郷外務大臣に負けると賠償金をいくらとられるのかとしきりに気にしていた。

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