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スピリチュアル妄想録
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エコノミストは信用できるか (文春新書)エコノミストは信用できるか (文春新書)
(2003/11/20)
東谷 暁

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今回の金融危機とともに、経済学で新自由主義への反省とケインズの復権という大きな転換が押し寄せてきているが、節操のない、経済学者、エコノミスト、新聞って何なのと思ったので読んでみた。

一番経済学界隈の人々を見ていて長らく疑問を持っていたのは、人の議論をトンデモとかいいつつ、けなしまくる人々が存在すること。ちゃんとした教科書があるのであれば、そんなこと起こりうるはずがないと思うのだが、例えば野口旭とかいう先生は教科書理解が足りないということで相手を罵倒する。罵倒されている人は本当にバカなのかと彼の本を読みつつ半信半疑ながらも昔は信じていたのだが、どうやらそういうもんでもない、つまり正当な経済学というものは色々存在して、野口旭が拠って立つ「正当な経済学」っていうのは一つの宗教の中の宗派みたいなもので、解釈の違いからいろいろお互いに喧嘩しあっているということがなんとなく分かってきた。

そんなのを教え込まれる経済学部の学生というのはなんとかわいそうなんだろう。別に経済学に限らず社会科学にも人文科学にも、理系の学問にも多かれ少なかれ言えることだが。

でも、このブログで紹介した竹森俊平の本とかそれなりに経済学的な現状把握が意味をなしていると思うので、無駄なことではないんだろう。

ただ、最近感じるのは、マクロ経済学(たまにどマクロともバカにされるが)だけやってても、変な議論になっちゃうよねということ。特に金融の話になってくると、実務がどう動いているかとか、少なくともミクロ経済の基礎付けが必要だと思う。そういう点から言っても、前も書いたけど国際金融の実務に沿ったちゃんとしたテキストが存在しないので、勉強すらできないから黒木亮とかの本を読むしかない。あるひとから、学生時代に経済学は知らなくてもいいけど経済はよく知っておけといわれたが、最近それを実感している。

余談1:ながらく疑問なのは経常収支とISバランスの話。この辺も野口旭が昔単純な理解を振りかざして人を罵倒していたが、事後的な恒等式と資本収支=経常収支(外貨準備は資本収支に含むとして)の因果関係がうまく説明できていないと感じていたら、実際その辺りは経済学者でもよく答えが出ていないで論争がある所っぽい。(この辺はまたいずれ書こうと思うが。)

余談2;リチャード・クーという人はさんざん一昔前はバカにされていたけど、金融危機後と麻生政権の成立後は復権したっぽいとおもっていたら、また最近は何となく見なくなった。この人の評価ってやっぱり誰が見てもおかしいのだろうか。それなりに面白いこといっているのではと、今のご時世では思ってしまうのだが。前々号くらいのフォーリン・アフェアーズの書評にも載っていたし。まあ、彼を批判する人たちは、絶対フォーリン・アフェアーズに名前を載せるようなことはできないだろう。(もっともフォーリン・アフェアーズは外交政策を論じる雑誌で経済を専門とはしていないが。あとその書評でもクー氏の意見に反対する人も多いだろうがというような留保がついていたと記憶)

余談3:インフレターゲットというのは大昔クルーグマンの本を読んで理論的には面白いなと思った。でも、グリーンスパンの自伝を読んでから金融政策の難しさ・恐さというものを感じ取り、そのような政策は安易に支持するべきではないと思うようになった。あとは、リフレ派と呼ばれる人が、結構相手を罵倒する人が多く、それもちょいと気持ち悪いなと思ってしまうところ。


書評からは全く外れたが、東谷氏のこの本は、エコノミストも色んなこといっていて信じるに足りないやつらだと示してくれたことで、私の以上のような最近の考えを補強してくれた。
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